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岡山地方裁判所 昭和51年(ヨ)298号 決定

債権者

山陽大理石株式会社

右代表者

北村宣圓

右代理人

奥津亘

外一名

債務者

日本道路公団

右代表者

前田光嘉

右代理人

神田昭二

外一名

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

一債権者の申請の趣旨および理由は別紙申請の趣旨および理由記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  債権者の本件仮処分申請は、債権者が債務者に対して、本件採掘権に基づく妨害排除請求権および採掘された石灰石に対する所有権に基づく引渡請求権を被保全権利として本件道路工事の続行禁止、石灰石の引渡等を求めるものであるから、まず本件採掘権に基づく妨害排除請求権の存否について検討する。

本件における疎明および審尋の結果によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  債権者は石灰石、大理石等の採掘販売業を営むものであつて、昭和三八年二月一一日、別紙図面赤斜線部分を含む岡山県上房郡北房町内の面積四七〇二アールを鉱区として(以下本件鉱区という)石灰石を目的とする採掘権の設定登録(岡山県採掘権登録第六五八号)をし本件採掘権を取得したこと、債権者が本件鉱区以外に石灰石採掘権の設定登録をうけている鉱区は右北房町内に三鉱区、新見市井倉地内に約三〇鉱区を有するが、現実に採掘している鉱区は右新見市内の三鉱区のみで、これらは露天掘で採掘しているが、右北房町内の三鉱区については、その地表使用につき土地所有者と土地使用契約等は締結されていないこと。

(二)  債権者は現在に至るまでいまだ本件鉱区においては前記採掘権に基づいて石灰石を採掘しておらず、債権者が将来本件採掘権により本件鉱区において実際に石灰石を採掘する際は、いわゆる露天掘りの方法によるため採掘しようとする土地の地表部分について該土地所有者と売買契約を締結してその所有権を取得するか、あるいは土地使用契約を締結して賃借権または使用貸借権を取得する必要があるところ、債権者は本件採掘権が設定されている右鉱区の地表部分についてはいまだ所有権あるいは賃借権または使用借権を取得していないこと。他方、債務者は別紙図面赤斜線部分の土地およびその周辺の土地を所有しているが、現在および将来においても路線の変更等がなされるまでは、債務者においては債権者に対して右土地を採掘実施のために売却したり、または使用権を設定する意思がないことは明らかであつて、債権者が将来右採掘権を実施するに際して必要な土地使用権を取得することは極めて困難な状況にあること。

(三)  本件鉱区のうち債務者らの本件道路工事によつて事実上採掘不能となる範囲は、道路敷として使用される別紙図面赤斜線部分(面積約114.58アール)と前記採掘が露天掘りによるため、右道路敷部分の上方山林部分の一部とであるが、さらに鉱業法六四条によれば道路から五〇メートル以内の採掘も制限されるため、結局本件道路の完成によつて採掘不能となる鉱区の面積は約一一二五アール、その石灰石の数量は約一三六六八七五〇トンとなるが、右採掘不能によつて蒙る債権者の実損害額を確定することは極めて困難であること。

(もつとも杉浦昌之作成の陳述書には「租鉱権」として第三者に採掘させてもトン当り一〇〇円の対価が得られる旨の供述記載があるが、該記載のみによつて直ちに、債権者が少くともトン当り一〇〇円の損害を蒙つたものと認めることはできない。ちなみに債権者の昭和四九年ないし五〇年の貸借対照表上における計上利益は年間二〇〇万円ないし三〇〇万円である。)

(四)  本件自動車道の建設については、高速自動車国道法に基づき昭和四〇年一一月に建設大臣の路線指定が、昭和四三年四月に施行命令が出され、道路の設計、測量、調査ののちに昭和四八年三月ころ本件鉱区内の本件道路敷地部分と、その周辺の土地が道路用地として買収され、その後間もなく債務者所有名義に移転登記手続がなされたこと。

(五)  本件鉱区内における本件道路工事は債務者から請負つた申請外日産建設株式会社によつて昭和四八年八月着工され、昭和五一年五月末ころまでには道路の下部路体、上部路体、下部路床、上部路床が完成し、残工事としては舗装工事等を残すのみの状態であること。本件道路工事はいわゆる中国自動車縦貫道路の一環をなすものであつて、大阪府吹田市から岡山県真庭郡落合町までは既に完成して、自動車運行に供せられており、右落合インターチエンジから北房インターチエンジまでも事実上完成に近い状態であり、また右北房インターチエンジの西方約二五キロメートル附近に位置する本件道路工事附近から新見インターチエンジにいたるまでの約二ないし三キロメートルの間における道路工事の完成高は、本件道路工事附近の現況に比べて約三〇パーセント程度遅れているにすぎないこと。

以上の各事実が一応認められる。

ところで鉱業権とは鉱区内において登録をうけた鉱物を掘採取得する権利であつて、第三者が鉱区において鉱業を妨害するときは、鉱業権者は、右第三者に対して、妨害排除請求権を有するものである。

しかして、鉱業権者が右鉱物を掘採するため、抗口抗道を開設しても、また露天掘の方法によつても、いずれにしても該鉱区内の土地の地表および地下の使用が必要となるが、右地表の使用については、それが鉱区内であつても鉱業権者は当然にその使用権を有するものではなく、土地所有者との契約によつて使用権を取得するか、または鉱業法所定の土地収用の方法によつてこれを取得することを要するため、地表部分に設置された土地所有者の工作物または土地所有者の地表部分の使用収益に対しては鉱業権者が鉱業権に基づいて妨害排除を求めることは許されないと解するのが相当である。

しかし、右地下の使用については、法律に別段の定めがある場合を除き、鉱物掘採に必要にして、かつ、他人の正当な利益を侵害しない限り、鉱業権者は自由に使用し得るものの、他方土地所有者も鉱業を目的としない限り、自己の土地内の地下を自由に使用し得るため、鉱業権者の右地下使用権と、土地所有者の地下使用権との間で衝突することが予想されるが、かかる場合は右鉱業権者の右地下使用の必要の程度と右使用ができないことによつて受くべき損害の程度、土地所有者の地下使用目的とその必要性、公共性の有無と程度、悪性の有無と地下使用が許されないことによつて生ずる土地所有者の犠牲の程度などを相関的に比較考量して右両者の各地下使用の限界が定まるものであるから、地下側用についての鉱業権者の土地所有者に対する妨害排除請求権の存否も結局右各利益衡量によつて決されるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、まず、本件鉱区内の地表部分について債権者が土地使用権を有しないことは前記事実のとおりであるから、右使用権を有しない債権者が本件採掘権に基づき土地所有者である債務者に対して妨害排除を求めることは許されない。

ついで、本件鉱区の地下部分について債権者が債務者に対して妨害排除請求権を有するか否かを考えるに、前記事実によれば、債権者は、本件鉱区について採掘権を有するものの、いまだ掘採をしておらず、たんに設定登録のみを有するにすぎず、さらに本件鉱区以外にも北房町内で三鉱区、新見市内で三〇数鉱区の石灰石採掘権を有するが、現在、現実に採掘している鉱区は新見市内の三鉱区であること、また債権者は本件鉱区の地表部分につき、いまだ土地使用権を取得しておらず、これにつき今後債務者と土地使用契約を締結することは極めて困難であつて、右使用権を取得するためには土地収用の方法による外途はないこと。債務者の本件鉱区内における道路工事によつて採掘不能となる石灰石の量は約一三六六八七五〇トンであるとしても、右採掘不能によつて債権者が蒙る損害は、その額を確定することは困難であるものの、代替性の強い金銭によつて補償されるものであるのに対し、他方、債務者側の事情としては、本件鉱区内における地表部分とこれに近い地下部分の一部は債務者が道路建設のためその所有権を買収した上、使用しているものであつて、特に債権者に対し損害を与えることのみを目的として使用したものとは認められず、しかも右部分は中国自動車縦貫道路の一環として現在建設中のものであつて、右自動車道は近隣圏と中国地方を結ぶ産業開発、地域振興の目的の下に計画、建計されその公共性は極めて高いこと、さらに落合インターチエンジ以東の自動車道は既に運行に供され、同インターチエンジから北房インターチエンジまでは事実上完成に近い状態であり、また北房インターチエンジから本件鉱区までは残工事として舗装工事等を残すのみで殆んど完成に近く、さらに本件鉱区より西の新見インターチエンジに至る区間も既に約六〇パーセント以上完成しているため、本件鉱区内の道路工事を差止めることによつて債務者らの蒙る犠牲ないしは損害は極めて大きく、本件鉱区を迂回して新らたに道路を建設することも極めて困難であることが認められる。これら債権者の被害の性質、程度と債務者の行為の態様、社会的公共性等とを比較考察するとともに、債権者の妨害排除請求を認容または否定することによつて生ずる利益得失をも相関的に比較衡量すれば債権者は本件鉱区の地下部分についても、鉱業権に基づき債務者に対し妨害排除請求権を行使することは許されないというべきである。

そうすると、債権者が債務者に対して別紙図面赤斜線部分につき本件採掘権に基づき妨害排除請求を求めることは許されない。

2  つぎに債権者は、道路敷に敷きつめられた分離石灰石については採掘権によつて債権者がその所有権を取得するので、右所有権に基づき右石灰石の引渡を求めると主張するので検討するに、鉱物が鉱業権または租鉱権によらないで土地から分離された場合には、その分離の原因が自然力によると人力によるとを問わず、当該鉱業権者または租鉱権者の所有となるが、鉱物が土地から分離されたといいうるがためには、掘出せられた当該鉱物がそれ自体において社会通念上所有権の支配可能な対象としての個体又は集合体としての独立性を有することを要するものと解すべきところ、本件疎明によれば、債務者は本件鉱区内における道路工事のため、その地表部分と地下部分の一部を切り崩し、土砂、石塊、石灰石等が混入されたそのままの状態にて、これを本件自動車道路の下部路体および上部路体に使用していることは認められるが、いまだ本件全疎明によつても、右石灰石が社会観念上、土地から分離されてそれ自体独立性を有する個体または集合体の状態になつたものとは認められないので、債権者が債務者の掘出した石灰石に対しても、採掘権によりその所有権を取得した旨の主張は理由がなく、債権者の右石灰石所有権に基づく引渡請求権は認められない。

3  してみると、債権者が被保全権利として主張するところの本件採掘権に基づく妨害排除請求権および石灰石所有権に基づく引渡請求権はいずれもこれを認めるに足る疎明がないことになる。

(なお、本件道路建設工事は高速自動車国道法により建設大臣が路線の指定をなし公法人たる債務者が訴外日産建設株式会社に請負わして施行している工事であるが、本件道路建設工事自体は事実行為であり、しかも道路工事の差止めを求める部分は、本件鉱区内の道路工事のみであつて、全面的一般的な高速自動車道路建設の差止めを求めるものではないから、民事訴訟法による仮処分の申請は許されると解するのが相当である。)

4  以上の事実によれば、債権者の本件仮処分は被保全権利を欠くものというべく、しかも保証をもつて疎明に代えさせるのは相当でないから、本件仮処分申請はいずれもその余の点を判断するまでもなく失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(西内英二 見満正治 小島浩)

(別紙)

申請の趣旨

一 債務者の別紙物件目録記載の土地のうち別紙図面赤斜線部分道路の占有を解き債権者の委任した岡山地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

二 執行官は債務者が右赤斜線部分道路に対し舗装等一切の工事をしないことを条件として債務者にその使用を許すことができる。

もし債務者がこれに違反したときは債務者の負担で、執行官は現状に回復させることができる。

三 債務者はその占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。

四 執行官はその保管にかかることを適当な方法で公示しなければならない。

五 債務者は債権者に対し、別紙物件目録記載の土地のうち、別紙図面赤斜線部分道路の道路敷として敷きつめ利用されている石灰石を仮に引き渡せ。

申請の理由

一 債権者は主として大理石、石灰石等の採掘販売を業とする者であり、別紙図面赤斜線部分を含む別紙目録記載の土地およびその付近一帯(約四七〇二アール)を鉱区として石灰石を目的とする採拙権(岡山県採掘権登録第六五八号、以下本件採掘権という)を有するものである。

二 債務者は別紙物件目録記載の土地を昭和四八年頃から所有しており、昭和五〇年頃から別紙図面赤斜線部分において高速自動車国道(以下本件自動車道という。)のための道路工事(以下本件道路工事という。)をなしているものである。

三 (採掘権侵害の実態)

1 本件道路工事は、債権者の有する鉱区がその中腹まで至る山林の山裾を削岩しその現況を著しく破壊しており、別紙図面赤斜線部分を直接に道路敷としているものである。

また、債務者は右削岩により採石された石灰石等をその道路敷に敷きつめ、これを占有しているものである。

2 ところで別紙図面赤斜線部分の面積は1万1,458.8平方メートルであるが、実際に債権者が本件道路工事により採掘不能となる鉱区の面積は約一一万二、五〇〇平方メートル(一、一二五アール)、石灰石のトン数にして概算一、三六六万八、七五〇トンに及ぶものである。

右採石不能の実被害が増大するのは、石灰石の採掘がいわゆる露天掘りによるため、現に債務者が道路敷としている部分から上部の山林部分(鉱区はその山林の中腹まで)一体が採掘不能となることと、道路から五〇メートル以内は採掘が制限される(鉱業法第六四条)ことによるものである。

3 債務者は別紙図面赤斜線部分内の本件道路工事により、本件石灰石を目的とする鉱区内において、多大の石灰石を削岩分離し、これが分離された石灰石を本件道路敷に敷きつめ、これを占有している。

債権者は、本件鉱区の採掘権者であるから、右分離された石灰石について所有権を有するものである。

四 (鉱業権、採掘権について)

1 採掘権は、鉱業権として物件としての効力を有し(鉱業法第一一、一二条)妨害排除請求権、妨害予防請求権を有するのはもちろんのこと当該鉱区内の鉱石につきこれを掘採し占有するものに対しては、その引渡を求める権利を有するものである。そして土地所有者に対してもこの理の及ぶこと判例である。

2 従つて債権者は本件採掘権に基づき、債務者に対し妨害排除として別紙図面赤斜線部分の道路ならびにその付帯設備の収去、債務者により採掘された石灰石についてはその引渡しを求めうるものである。

3 また、債権者は債務者に対し、所有権に基づき、別紙図面赤斜線部分道路敷として敷きつめられている分離石灰石の引渡しを求める権利を有している。

五 (仮処分の必要性)

1 債権者は、債務者が本件鉱区内にて無断で道路工事をなしていることに気づき昭和五一年六月八日債務者に対し採掘権侵害の申入れをなし、以降三ケ月間に渡り話合いのつくまで工事を中断する旨申入れてきた。

債務者はこれに対し調査のミスにより採掘権の侵害件した、との事実は認めながらも、工事を中止することなく前述のとおり採掘した石灰石を道路敷として利用するなど鉱業法第一九一条一項一号に違反する行為を継続している。

2 このまま債務者の違法不法な採掘権侵害行為が続けば、債権者は石灰石の体積比九〇%という優良鉱区たる本件鉱区の約四分の一において採掘不能の事態に陥いることになり回復不能の莫大な損害を蒙ることになる。また、これ以上工事が進行すれば、より原状回復が困難となることおよび道路敷として使用されている石灰石の引渡しを求めることが不可能となることも明らかである。

六 結論

以上の次第であるので、債権者は債務者に対し、別紙図面赤斜線部分の道路の収去と道路敷に使用されている石灰石の引渡しを求める本訴を準備中であるが、債務者のかかる違法な工事がこれ以上続行しては勝訴判決を得てもその実効を得れないので本件申請に及ぶ次第である。

物件目録 図面〈省略〉

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